17世紀のイギリスに、アイザック・ニュートン(1643〜1727年)とロバート・フック(1635〜1703年)という2人の科学者がいました。
前者は、有名な「万有引力の法則」や微分積分学の発見等、古典物理学や数学において多大な業績を残しました。また、あまり知られていませんが、光学や聖書の研究、錬金術の実験など、後代に多大な影響を与えた足跡も残しています。
後者もまた、「フックの法則」(弾性体、つまり伸ばしたり縮めたりすると元の長さに戻ろうとうする物体に関する法則)や細胞壁の発見(細胞のことを英語で“cell”と命名)、グリニッジ王立天文台の設計へのかなりの関与、自動車等に使われているユニバーサル・ジョイントやカメラの虹彩絞りの発明等、数多くの功績を残した人です。
さて、いずれも尊敬に値する才能と実績を持つ人たちですが、後者についてはその名も功績もさほど知られていないのはなぜでしょうか。実はその理由の一つとして、ニュートンの成功にまつわるとても残念な話があります。
彼が1672年に「光の粒子説」を発表すると、フックは「光の波動説」で応戦しましたが、彼の研究はそもそもフックの過去の著作に刺激されて行った研究の成果でした。後に彼が「自然哲学の数学的原理」を出版すると、大論争に発展しました。それに含まれていた“万有引力の法則”の理論構成要素の多くは、フックがその20年以上前に導き出していたものだったからです。また、さらに酷いことに、ニュートンはフックの功績を記録から消そうとしたと言われています。フックの実験器具や彼の数々の論文や肖像画は、なぜか、ニュートンが王立協会の会長になった直後に消失しています。
どういう意味で言ったのか真意は分かりませんが、彼はフックへの手紙の中で、「私がより遠くを見ることができたのだとしても、それは巨人たちの肩の上に乗ったからです」と言ったそうです。人の野心は、時に度を越すと、他人を踏み台にしたり蹴落としたりしてまで上に立ちたい、という気持ちにさせることがあります。そういう小さな人間にならないよう、気を付けたいものです。また、人と競うにしても、ルールやマナーを守って正々堂々と行いたいと思います。
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