今も昔も

 最近知ったのですが、今から2,200年程前の中国に、陳平(ちんぺい)という政治家・軍師がいたそうです。彼は背が高くてルックスが良く、若い頃から勉学に励み、頭角を現していました。時経つうちに、彼は張氏(ちょうし)という地元の有力者の孫娘を嫁に迎え、その持参金により手に入れた多大な財産を元手に人脈を広げていきました。

 紀元前209年、陳勝呉広の乱(ちんしょうごこうのらん)勃発ののち魏王、魏咎(ぎきゅう)を慕って配下になり、数々の進言をしたものの受け入れられず、また周囲の家臣より中傷されたため逃亡し、ほどなくして楚王、項羽(こうう)に仕えるようになります。しかし、それも長続きせず出奔し、最終的には漢王、劉邦(りゅうほう)に仕えました。彼は、楚漢戦争(そかんせんそう)、つまり項羽との戦いにおいて危機的な状況に陥った劉邦を様々な方策で救い、その功績が認められました。

 劉邦の軍師と言えば張良(ちょうりょう)を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、実は陳平の方が謀略の才能が高かったようです。劉邦に長く仕えていた周勃(しゅうぼつ)と灌嬰(かんえい)が、「陳平は兄嫁と密通していた」とか「賄賂を取って地位を上下させていた」とスキャンダルを訴えたりもしましたが、それでもなお劉邦は彼を重用し、更に位を上げたほどでした。「役目は授かったが必要な経費をいただいておらず、漢楚の状況から待ってはおれず金品を受け取りました」、「今の漢には才が要であり品は才の後」と陳平は言ったのだそうです。

 政治家の不品行は今に始まったことじゃないんだな、と少し笑ってしまいましたが、今も昔も、もともとそういう人が政治家になるのか、それとも、権力を手に入れるとそうなってしまうのが人の性(さが)なのか・・・いろいろあるでしょうし、よく分かりません。また、確かに人の上に立つ以上、品行方正であることは当然求められるとは思いますが、不正があったらとにかく片っ端から辞任させればそれで解決した(責任を取った)かのような、最近の風潮もどうなのかな、とも思います。何だかんだ言って、人は同じ歴史を形を変えて繰り返しているように思えます。私たちは、歴史からもっと教訓を学びたいものです。


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