【子どもの食べ方の変化】
最近、魚を食べられない子どもや少し硬い食べ物や苦い野菜が食べられない子どもをよく見かけます。また、ごはんならごはんだけを食べ、それからほかの食べ物を食べる。おかずも1つの種類だけを食べそれから他のおかずを食べるといういわゆる“ばっかり食べ”もそんなに珍しい光景ではなくなりました。また、おいしい果物や野菜で思い浮かべる味は甘い味を連想します。好きな食べ物を聞かれればカレー、グラタン、パスタ等洋食を中心に答えます。このような傾向は今に始まったことではありません。おそらくその親も似たような食に対する嗜好をもっているのではないでしょうか。
【地域の特産品が食卓に並ばなくなる?】
気候が温暖で水産資源に恵まれた静岡県は各地域に様々な特産品を持っています。しかし、これらの特産品が地元の子どもたちに届いているのでしょうか。上述のような食品の嗜好で市場の原理が働けば当然、優先的に買われるものは子どもが好む食べ物になり、繊細な味をもつ地域の特産品はなかなか消費されなくなっていきます。また、生産者も子どもや若者の嗜好に合わせるとしたら、当然甘くて口当たりのよいものを生産するでしょう。もしこのような状況が続けば、食卓に特産品が並ばずに、あるいは静岡県の味が失われていくことのなるのではないでしょうか。静岡産の特産品を手にする機会は他県へのお土産としてでしかなくなってしまったら寂しいものです。
【食育ができなくなった背景】
昨今、食育という言葉をよく耳にするようになりました。最近の子どもたちが洋食嗜好になったことや甘い食べ物を好んだり、“ばっかり食べ”をすることで食べ物の取り合わせを理解しなくなったのは、その親の世代が子どもに食育をすることができなくなってきたことに一因があります。ここで子どもたちの親の世代が育ってきた環境を考察すると、輸入の増加、流通システムや品種改良の技術の向上により、市場には地域の特産品よりも他地域の食品を見かけるようになりました。また、生活環境も大きく変わりました。ファーストフードやコンビニエンスストアが身近にでき、家庭内では電子レンジによる調理方法が当たり前になり、レトルト食品や冷凍食品を使えば子どもでも料理を作るのに困らないようになりました。また、子どもに食事を食べさせることは絶対条件ではなくなり、家族揃って食事をする機会も減ってきています。世相を見てみると、彼らはグルメブームの最中に青年時代を過ごしています。全国各地のおいしいものをよく知っている人もいますが、一方では静岡県産の味にそれほどこだわりをもたなくなってきました。このような環境の中で育った世代は、やはり便利な食べ物や話題性のある食べ物を好みますし、外食産業の隆盛にみられるようにチェーン店で作られた全国均一の味を求めるようになるのも無理もありません。
【地域の味の見直しの動き】
そもそも特産品がその地域特産品である所以は気象条件や耕地の条件が適しており、最も新鮮で質のよいものを地域の人が手にすることができるからです。地域の子どもたちはその地域の特産品を食べて育ち、それを次世代に伝えていくことで地域の味を守り、発展させていくのが本来のあるべき姿です。現実には現在の子どもたちの食環境は地域の特産品に馴染めるものではありません。また、生産者も若い世代や子どもの嗜好に合わせた結果、その農産物のもつ本来の味がなくなり、甘さや口当たりを優先されました。しかし一方では、食に安全を求める動き、市町村の合併により各地域での特産物の発掘・育成の動き、近年みられるスローライフへの関心の動きは、効率や生産性だけを追及するのではなく、地域の自然環境や伝統、そこで生産される地域の味を大事にしながら健康で豊かな生活を嗜好するような動きもみられるようになりました。
【家庭や地域、学校が連携して地元の味を継承する】
スローライフの進展は家族全員で食事をして、地域の特産品を伝承していく時間を与えてくれます。また、学校給食で地域の特産品を使用する試みがあります。これは地域の特産品に触れるという一定の効果を持っています。しかし、学校で特産品に触れても家庭で馴染みのないものはやはり異質なものと感じるのではないでしょうか。学校教育や家庭で子どもたちに静岡の特産品に馴染ませていくことのとの必要性は論を待ちません。なぜなら、人間は幼少期に馴染んだ食べ物の味は大人になっても忘れることはなく、一定の年代になるとその味に回帰してくるものだからです。今後、求められる食育は家庭での食育を基本としながらも、地域や学校とも連携し自分たちの地域の産物は何か、地域の味とはどういうものかを継承していくことが重要になると考えます。
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